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「ブラタモリ」が面白い [趣味・娯楽]

 NHK番組「ブラタモリ」を毎週楽しみに観ている。昨日は博多。繁華街でにぎわう街並みも、その昔、川に挟まれた2つの小さな島のような砂丘が徐々に堆積し、現在のような地形になったことも驚きだが、弥生時代の太古から人が住み続け、地層や街のあちこちに歴史の痕跡が残っているのが非常に面白い。

 普段ならばちょっとした地形の高低差や道の曲がり具合などほとんど気にすることはないが、そこはタモリさん、鋭い切り込みとウィットのある語りで、歴史的な凄い事実を暴いていく。歴史と現代の風景が一致する瞬間で、観ている方も「なるほど」と一緒に興奮を覚える。

 こうしてみると地形、街並み、道、地名には歴史のすべてが刻み込まれているといって良い。いつも目にする風景も歴史と重ね合わせてみるとまた別の風景が見えてくるものだ。

 また、この番組ではタモリさんと桑子アナの絶妙なコンビもいい。博学でありながらも少年のようなオヤジとなんでも興味津々の笑いが絶えない若い女性、突っ込みとボケもいい感じで、時折漫才を観ているようだ。特に桑子アナが発する、まるではじめて日本に来た外国人的なコメントが番組を大いに引き立てている。

 今後もこの2人、全国をあらゆる地域を探索し、タモリと桑子流、新しい歴史感を紹介してもらいたい。 


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中島みゆき「時代」 不思議な力を持った曲だ。 [趣味・娯楽]

 昨日、中島みゆきの「時代」をたまたま耳にした。何か心にズッシリと響く曲である。

 40年前の歌であるが、メロディー、歌詞に古びた感じがなく、むしろ今の時代にピッタリフィットする。最近、この曲は卒業式などでも多く歌われ、東日本大震災で被災された方からもリクエストの多かった歌と聞く。明日への希望を与えてくれる不思議な力を持っているようだ。

 しかし、当時20歳そこそこの女の子が、なぜこんな意味深い詩を書けたのか驚くばかりである。言葉は極めてわかりやすいが、その心に映る景色は聴く側にとって限りなく広がっていく。

 では、その歌詞の一節目を紹介する。

 「時 代」  歌・詩・曲 中島みゆき

今はこんなに悲しくて涙もかれ果てて

もう2度と笑顔にはなれそうもないけれど

そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ

あんな時代もあったねと、きっと笑って話せるわ

だから今日はくよくよしないで、今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ 時代はまわる、喜び悲しみ繰り返し

今日は別れた恋人たちも、生まれ変わって めぐりあうよ

 20代に聴いた時、ピンとこなかった歌詞が、人生色々経験した50代半ばで聴いてみると、ひと言ひと言が非常に心に染入り、何か慰められ、そして明日に向かって元気づけられる。ひと昔前には薬師丸ひろ子、最近では一青窈や八神純子がコンサートなどで歌っているそうだ。中島みゆきの歌声は格別であるが、また彼女らの個性から発する響きからも、きっと心を揺さぶる何かがありそうだ。この曲は懐かしの歌ではなく、今の時代にしっかり根付き、また歌い継がれることで、新しい時代に生まれ変わり、その時代の人たちを惹きつける、そんな不思議な力を持っているのではないか。

あまり気にしていなかった曲であったが、改めて出会い、心を揺さぶられてしまった。


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蕎麦屋にジャズ、これが意外といい。 [趣味・娯楽]

  最近、意外なところでジャズを聴く。蕎麦屋、焼き鳥屋、もんじゃ焼き屋、それから温泉の露天風呂。これが不思議なくらいフィットする。聞くところによると、関西ではお寺でジャズ演奏の催しを行っているところもあると言う。いまやジャズは日本の文化にしっかり溶け込み始めている。

 だが、そんなジャズも音楽のジャンルとして聴いている人はそう多くない。特に若者の間ではあまり人気があるとは言えない。まだ大人の音楽という昔ながらの先入観があり、軽い気持ちでは入っていけないようだ。

 私もそれほどのジャズファンではないが、ビル・エバンス、スタン・ゲッツ、ソニー・ローレンス、ウエスモンゴメリー等などのモダンジャズ的なスタンダードが好きである。また、ルイアームストロングのあのしゃがれた声やジョー・スタフォードの情緒あふれる歌声を聴くと、不思議と懐かしい気分になり心が妙に踊る。これらの曲が流行った1950年代前後のアメリカは経済も文化も絶好調で憧れの存在であった。そんな良き時代の雰囲気がこれらの音楽に漂っているから、良い気分になれるのだろう。

 さて話を戻すが、私はこのアメリカンであるジャズがいま日本文化に新しい息吹を吹き込んでいると考えている。

 西洋とは全く対照的で伝統的な古い文化が、ジャズミュージックとのコラボレーションで妙にオシャレな雰囲気になり、そして日本らしさも引き立てられている。それが融合すると凄く斬新さを感じるのが面白い。もしかしたら、ジャズ自体も日本の伝統文化の中で際立たされ、その良さも引き出されているのかもしれない。これも和洋折衷なのだろうか。 

 もうひとつ、ジャズに魅力を感じるところがある。それは「品格」。

 ジャズは歴史を顧みると様々な人たちの文化や生活の影響を受け今日のようなスタイルになったが、その音楽には一貫としてアメリカ南部の貧しい黒人の魂が込められている。アフリカから奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられ、過酷な重労働と苦しい生活の日々から生まれた音楽である。彼らの苦しみや喜びがその音色に詰まり、その魂が今日の我々の心を響かせているのだ。1930年代頃からニューオリンズを中心に酒場など演奏され始め、スタイルも変わりはじめたが、ミュージシャン達は一様にその音楽の精神性を尊重し、より良質な音楽へと進化させていった。そうしたことから、ジャズは心をより揺さぶる品格性を高めてきたのだろう。

 だから、そんなジャズの精神性が日本文化の相性とぴったりくるのではないだろうか。

 今日は休日であるけど、家で仕事をしなければならない。ビル・エバンスのピアノを聴きながら、これからリラックス気分で仕事をすることにしよう。


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クリスマスソングは癒される。 [趣味・娯楽]

 11月末になるとクリスマスソングが街中に溢れる。いまの若い人はクリスマスソングと言えば誰の歌が浮かぶのだろう。

 私の世代は、まずジョン・レノンの「ハッピークリスマス」、ワムの「ラストクリスマス」、マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」、そして山下達郎の「クリスマス・イブ」が代表的だ。これらの曲を聴くと若い頃を思い出し、なぜか心が弾む。たぶん多くの人たちも同じようにウキウキするのではないだろうか。

 最近の歌も良いが、クラッシックソングも格別である。ビングクロスビーの渋みのある声と女性コーラスがハモる「ホワイトクリスマス」はやはりクリスマスソングの最高峰であるが、ナッキン・コール、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロングなどの一流ベテラン歌手の味のある歌声も気分を幸福にさせてくれる。

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 その中でも自分のお気に入りはドリス・デイの「シルバーベルズ」。彼女の明るい歌声はつらい事や苦しい事を吹き飛ばしてくれる何か魔法のような力が宿っている。クリスマスは基本的には子供向けなのだろうが、ジャズっぽく親しみやすく、また讃美歌のような神秘的な魅力を秘め、それが不思議な雰囲気を醸し出す。だからこの時期は特別な気分になるのだ。

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 忙しく、不景気で心身冷え冷えしているこの頃、このゆったりした昔懐かしい歌声で癒されるのもいいものだ。


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桑田佳祐のこれまでの音楽活動は偉業だ。 [趣味・娯楽]

 今日、桑田佳祐の最新アルバム「I LOVE YOU」を購入した。期待を裏切らない出来である。

 サザンオールスターズの「勝手にシンドバット」で世に出てきてから30年以上経つが、音楽界を常に第一線で活躍している。どんなに偉大なミュージシャンでもピークは10年。いや3年でも凄いことだ。これは音楽界の偉業である。この記録は、彼が音楽を止めるまで続き、後世には「サザン・桑田サウンド」のジャンルが残るのではないだろうか。もしもポップミュージックの殿堂があるならば、ビートルズやフランクシナトラ、ルイアームストロング等と並んで入るってもおかしくない。

 桑田佳祐の音楽は初期と比べると、音楽に深みや広がり、そして濃くも出てきているが、基本的な空気は変わっていない。ところどころ、サザン独特のメロディーが流れ、それが何とも心地よい。自分の青春時代はサザンの歌と共にあったせいか、彼らの曲を聴くと、あの頃の気分に還ってしまう。

 ただ、20代の若者に聞いみても、桑田佳祐の歌には「古くささ」や「大人の歌」の印象はなく、我々が若いときに感じた気分で楽しんでいるようだ。おそらく、彼の独特な「青臭さい男の匂い」が若い世代にも共感を呼んでいるのではないだろうか。

 しかし、桑田佳祐をはじめサザンオールスターズはすでにシニアの域に入っている。数年前、桑田佳祐が食道がんの手術で、歌手生命が危ぶまれることがあったが、現在精力的にツアーを行っているようだ。でも、ここまできたら、人気商売にこだわることはない。むしろ、いつまでも心に残る音楽を創り続けられるよう体を大事に活動してもらいたい。

 


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4人組ヴォーカル「 ワンスクエアフォー」心に響くハーモニーだ。  [趣味・娯楽]

  先日、東京都JR町田駅前のデッキ広場で、若者4人が路上ライブをやっていた。

 普段、こうした路上ライブに関心がなく、足を止めることは滅多にない。しかし、このグループの歌は妙に聴き心地が良く、気が付けば数曲聴き入ってしまった。

「ONE SQUARE FOUR」 略して「ワンスク(OSF)」という4人組のヴォーカルグループ。ちょっとコブクロを思わせる雰囲気もあるが、4人のコーラスハーモニーは実に絶妙で心に響く。最近の速いテンポの曲と違い、ゆったりと穏やかに聴かせてくれる。曲に若さと力強さがあり、いままでにない新鮮さを感じる。なぜ、彼らがこんな場所で路上ライブやっているか不思議なくらいで、メジャーになれる実力は十分あると思う。

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( ワンスクエアフォー ホームページより写真引用。)

 とにかく、詩の内容とメロディがいい。ウケを狙った感じもなく、ほっと癒してくれ、とても暖かい気持ちにさせてくれる曲が多い。

 これまで路上ライブのCDなど見向きもしなかったが、思わず1枚買ってしまった。 家に帰ってCDを取り出して驚いたが、なんと曲名を手書きで書いてあるではないか。まさに自分たちで作ったオリジナル音楽というのが滲み出ていた。

  何回か繰り返して聴いたが、飽きないメロディーである。特に最後の「FOREVER」は素晴らしい出来だ。

  頼まれたわけではないが、このグループを応援したい気分になり、こうしてブログで紹介することにした。 ユーチューブで 「ONE SQUARE FOUR 」で検索すれば、路上ライブでの彼らの魅力ある歌声を聴くことができます。ぜひお試しください。


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キョトンとした表情、愛らしいトリがやってきた。 [趣味・娯楽]

  最近、我が家に色々な鳥がやってくる。早朝から、鳥のさえずりというよりも、大きな鳴き声で目が覚める。

  近郊住宅街で決して田舎ではない。ただ、近所の家に大きなビワの木があり、いまちょうど実を付けている。鳥たちは、それ目当てに集まってくるようだ。

  2階の部屋にいた時、外で何やら鳥の鳴き声が聞こえた。しかも、近くで。そっと窓の外を観ると、バルコニーの手すりに、ややふっくらしたトリ(ひなどり?)がいるではないか。おそるおそる窓を開けてみたが、逃げる様子もなく、それどころか、こちらを観ている。

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  これは写真に撮らねばと、急いでカメラを取に行き、また、そっと外を観ると、逃げることもなく、同じ表情で、こちらを見ている。これほど警戒心がないのも嬉しいものだ。

  何しろキョトンとした、その表情は実にあどけなく愛らしい。

  持ってきたカメラで、「カシャ」とシャッターを切った。別に驚いた様子もない。この写真のとおりである。

  しばらく、お互いに見つめ合い、このトリに「どこから来たのか、誰かを待っているのか。」と勝手に話してみた。当然、わかるわけがないが、不思議そうな表情をして、こちらを観ている。妙に親近感を感じてしまう。

  とりあえず、カメラを置くために部屋に入り、そして、次に外を観ると、もう姿がなかった。・・・いなくなるとちょっと寂しい。

  なかなか、このような場面に遭遇することはない。ほんのひと時であるが、自然の世界に接し、すごく優しい気分になれたような気がする。

  できれば、またひょっこり来て、その愛らしい表情で癒してくれないだろうか。


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手帳を買う時期が来た。 [趣味・娯楽]

 師走に入り、めっきり寒くなった。街中はすっかりクリスマスモードに飾られ、文具店に行くと、カレンダーと手帳がズラリと並ぶ。スーパーやホームセンターでは締め飾りや鏡モチがもう売られ、この一カ月は追い立てられるように過ぎていきそうだ。

 年を重ねる度に、時間の短さを痛切に感じる。人生、長いようであっという間なのかもしれない。そう考えると1日1日が非常に大事である。限られてくると無駄には過ごせられない。

 でも、何か目的がないと、ついダラダラ時間を潰してしまう。やはり、充実した人生を過ごすためには、常に目標と問題意識を持つことが必要なのだろう。まあ、あまり大きな目標だとくじけてしまうことが多いから、まず、身の丈にあった目標を確実にこなしていくことが良さそうだ。自分のちいさな目標のひとつとして、最低、週に1本のブログを書くことを課している。なかなか忙しくて、書く暇がないのだけれど、いまのところ、おおむね達成できている。数人でも読んでくれる人がいると実に嬉しい。

 来年の手帳には単に予定を書くだけでなく、目標をしっかり明記し、達成具合をチェックできるようにしたいと考えている。目標レベルの設定は3段階。それから、人生に有意義な名言、格言なども書きしるし、毎日何度も読み返せるようなものにしたい。さて、自分の考えにピッタリ合う手帳があるか、文具店に行き、さがすとしよう。


タグ:手帳
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意外にハマる、妖怪人間ベム。 [趣味・娯楽]

  「 はやく人間になりたい。」 当時、このセリフは大流行した。

  これが放映されていた時、私はちょうど小学生で、毎週楽しみに観ていた。けれど、あまりに気色悪い番組だったので、親から「こんなものを観るのはやめなさい!」と、よく言われた記憶がある。その妖怪人間ベムが、ドラマで復活した。38年ぶりらしい。

  アニメでのイメージが強烈なので、”ドラマでは絶対再現不可能、観れたものではない”と確信していたが、ちょっと気になり、番組を観てみると、意外にハマってしまう。

  たしかに、アニメでは指が三本、普通の姿も人間らしくないばけもの風貌だ。ベムは岩のように頑丈な体格で、無口な大男、ベラは妖怪(化け物姿)に変身する前から、妖怪のようにおっかない。ベロだけは安心して見られるキャラクターだった。みんな容貌は醜いが、心優しく、正義に満ちた心を持っている。そんな彼らが、逆に人間の醜い世界の中で正義を貫き戦っていく。でも所詮、妖怪、ヒーローになれず、人知れず姿を消していく。いつも寂しさが残る番組であった。

  当時、子供心ながら、ベムたちのように、”たとえ日陰に生きていても、まっすぐ、正しい心を持たなくてはいけない”と漠然と思ったりしたものだ。だから、40年近くたった今でも、ベム、ベラ、ベロの記憶は、オドロオドロした妖怪でなく、やはり正義の味方なのだ。

  さて、現在のドラマであるが、配役にそれぞれ味があって良い。ベム役の亀梨和也はアニメと違って、カッコよすぎる。けれど、それが現代のドラマにピッタリくる。ベラ役の杏がまたすごく良い味を出している。私の評価ではむしろアニメ以上。ベラは冷酷のようであり、実は愛情の深い妖怪である。その難しい心の動きをよく表現している。さすが大俳優渡辺謙の娘である。それから、ベロ役の鈴木福、アニメとはキャラが違うが、彼のいまどきの子供にない子供らしさが、妖怪人間とのギャップをつくり、何か切ない気持にさせられる。なかなか上手い配役だと思う。

  視聴率も上々らしい。きっと私のようなアニメ時代のファンが結構ハマっているのだろう。ところで、最終回はどういう終わり方をしたのだろうか、人間になれたのか、それとも妖怪のままで終わったか、気になるが思いだせない。平成の妖怪人間ベムでは、果たしてどうなるか。まだ、始まったばかりなの終盤を気にしていてはいけない。まあ、気長に毎週楽しむことにしよう。


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「法然、親鸞 ゆかりの名宝展」いま仏教思想を見直す時代だ。 [趣味・娯楽]

  浄土宗の祖・法然とその弟子の浄土真宗の祖・親鸞を紹介する特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」が東京国立博物館平成館で開催される。今朝の朝日新聞に哲学者梅原猛さんと作家の五木寛之さんの興味深い話が載っていた。

  法然と親鸞の生きた時代は平安末期から鎌倉時代、地震や干ばつ、洪水、火災など天災や戦乱が続き、人々は飢え、疫病、そして殺し合いなど、地獄のような苦しみや恐怖に怯え、生きることに絶望を感じていた時代であった。この時、法然と親鸞の2人の偉人が現れ、仏教に新たな旋風を起こし、苦しみにあえぐ民衆に希望の光を与えたのだという。

  法然は「南無阿弥陀仏」ととなえれば、誰でも極楽に行けるという平等思想を宗教に持ち込み、その弟子親鸞は法然の思想を一歩進め、死後ではなく生きている人間の魂を救うという画期的な思想を取り込み、従来の仏教思想を大きく変えたという。

  「人間は生きていくためには他の生命を奪い、食べたり、利用したりすることから逃れることは無いのです。動物や魚だけでなく、草にも石ころにも生命があるのです。そう考えると、私たち人間はこの地球上で営々と悪をなし続けてきたのではないかという重い問いを突き付けられています。(中略)、私たちはすべてみな罪人であり、その深い心の闇を照らしてくれる光こそ仏だと親鸞は考えています。」五木さんは話の中でそう語っている。

  今の日本人は、経済大国の豊かさの中で多くの大切なこと忘れ、失った。我々の食生活は世界で最も贅沢とされている。まず、賞味期限があり、それを過ぎれば廃棄、食べ物も味覚に合わなければ残すし、また、食べ過ぎを嫌って残すこともある。捨てたり残すことは金銭的にもったいないというより、その為に犠牲になった生命に対する詫びをしなければいけない。しかし、そんな罪悪感は現代社会から消え去っている。

  何事も、何かの犠牲の上に成り立っている。それを自覚したら、食べ物にしろ、物品にしろ、もっと大切にしなければならない。人の命や、人の心を軽んじる世の中になったが、こうした仏教の精神が、我々の心から薄らいでいるのは確かだ。

  現在の日本では鎌倉時代のような飢えや疫病、戦乱などの苦しみは存在しないが、殺伐とした人間関係、過度なストレスなどやはり人々の悩み、苦しみは続く。また、それ救われず自殺する人の数は毎年3万人を超える。異常な世の中だ。

  何も救われる為に宗教の世界に入ったり、「南無阿弥陀仏」をとなえる必要はない。しかし、法然や親鸞がもたらした仏教思想の中に、現代社会にも通じる救いの智慧が必ずあるはずだ。我々は長い日本の歴史の中で受け継がれ、そして培われてきた宝を粗末にしてはいけない。戦後65年の間に欧米思想で埋め尽くされてしまったが、もう一度、日本古来からの大切な思想を取り戻す時期に来ているのではないだろうか。それも、日本再生の一つになると思う。


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これからもラーメンの深化が楽しみだ。 [趣味・娯楽]

 日本のラーメンは世界に誇れる食文化である。そう言っても過言ではない。

 一杯のどんぶりの中に様々なラーメンワールドがある。麺ひとつ取り上げても、あまりに奥が深く、簡単には語れない。いまや超人気ラーメン店は、フレンチ系レストランと肩を並べるくらいのステイタスを持っている。一緒に並べないでくれと言われるかもしれないが、庶民にとっては、ラーメンの地位は高いのだ。

 ラーメン店の面白いところは1つのルールの中で競っている事だ。まず、材料が麺とスープと具の3種類。スープの味は大きく塩、醤油、味噌の3種類、具はお馴染みのチャーシュウ、そして野菜である。しかも価格は700~800円くらいで作ること。値段に上限がなければ、いくらでも客を引き付ける材料を使える。だが、ラーメンの世界ではコストパフォーマンスが重要なのだ。人気店の共通するところは美味くて、まず価格が高くない。やはり、それが最低条件であろう。

 自分の住んでいる神奈川県相模原市もラーメン激戦地区で、特にJR相模原駅付近には有名店も建ち並ぶ。ラーメンの好みは人それぞれであるが、私はどちらかというと、とんこつ系のこってりしたのが苦手である。だから、博多系、横浜系のラーメンは滅多に食べない。

 いつも行っている店は、「おやじ」と「青葉」。おやじは北海道(札幌?)系で、野菜がたっぷり、やや甘みを感じるマイルドなみそ味のラーメンである。味のバランスが比較的良いと思っている。それから、青葉はつけ麺の店だ。ここは東京中野に本店があり、全国ランキングでもトップランクの店と聞く。最近ではのれん分けで、青葉の名前を時折目にする。ここのつけ麺は、とにかく麺がうまい。やや酸味のあるスープと麺のコラボレーションが絶妙で、最後まで飽きないで食べられる。

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相模原の人気店 つけ麺の「青葉」と北海道らーめん「おやじ」。

その他にもお薦めのラーメン屋はあるが、なぜかこの店ばかり通っている。その青葉とラーメンおやじの店の向かい側に、「村田屋」があるが、ここは超有名店で、しかも夕方の6時以降しか開かない。一度、食べに行ったが、やはり何人も辛抱強く並んでいた。私にはちょっと濃くがありすぎて、何度も来たいという気にはなれなかったが、周りをみるとリピータらしき人が多い。しかも、ここは客の礼儀も正しく、食べ終わった後に、ごちそうさまと言って帰る人が多い。きっと何度も食べに来ている客なのだろう。

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超人気店村田屋、夕方6時にならないと開店しない。

 まあ、1000円以内で、満足できる食事は実にありがたい。ラーメン屋はレストランと違い、調理人の顔が良く見える。自分の目の前で精魂込めて作るラーメンは、またひと味ちがう。これもラーメンを楽しむ醍醐味で、作り手の「ワザ」と「思いとこだわり」が、さらに人々を惹きつける。

 いま、ラーメン屋を志す若者が多い。それはラーメン文化の未来に明るさがあることを示す。ラーメンでひと儲けするのもいいが、ラーメン文化をより深化させ、これから我々に至福の一杯を作り続けてほしい。


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コーヒー専科「宮越屋珈琲」で贅沢なひとときを愉しむ。 [趣味・娯楽]

 ゆっくり味わう一杯のコーヒー。 昨日、小田急線の町田駅(東京都)の近くのコーヒー専科「宮越屋珈琲」で贅沢なひとときを愉しんだ。

店はまだ新しい。町田は、JR横浜線との乗り換えで、よく街中も歩いている。でも、いつからここにオープンしているのか、気が付かなかった。(ネットで調べたら昨年10月オープン) どんな店か、妻と食事した後に、ふらりと入ってみた。

 店の中は、コーヒー専科独特の雰囲気が漂う。まず、目につくのはアンティックで英国風な家具、やや明るさを抑えた室内照明。テーブルに置かれたスタンドライトは木目調の家具をひときわシックな感じにさせている。耳に聴こえてくるのは、もちろんジャズ。壁に組み込まれた大スピーカーから、重低音と高音が心地よく鳴り響く。特にベースのズンズンと体に響かせる低い音、そして、ドラムのシャシャーンとなる高音の響きがいい。

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 席はテーブルでなく、カウンターを選んだ。マスターがコーヒーを入れる仕事を観るのも、心が落ち着く。よく観ると、茶道でお茶を入れるしぐさにも似たところがある。たった一杯のコーヒーを入れるのに手間と時間を惜しんでいない。豆を挽き、粉をドリップに移す。その時も、粉が満遍なく湯にしみ込むように、何度もドリップを振りながら調整している。湯の注ぎ方にも、速度と間があるようだ。一度には入れず、あるリズム感がある。これが本式のコーヒーの入れ方なのだろうと想像しながら、眺めていた。

 目の前に、一杯のコーヒーが出てきた時は、まさに贅沢な嗜好の一品。私はマンデリン、妻はグァテマラを頼んでいた。マンデリンは濃厚でやや苦い。美味しい店でなくては飲む気がしない。グァテマラは比較的苦みが低く飲みやすい。コロンビアやキリマンジャロと並び、人気のあるコーヒーだ。

 カップも男性客、女性客を意識して、選んでいるようだ。妻は花柄であったが、私のは幾何学的でシャープなデザイン模様であった。ちょっとした心配りも嬉しいものである。

 一杯のコーヒーで1時間近くいただろうか、こんなひと時もたまには必要だ。下にこの店の紹介をしておこう。本店は札幌みたいで、東京では有楽町にあるようだ。ちょっとお勧めの店である。

「宮越屋珈琲ホームページ」

http://www.miyakoshiya-coffee.co.jp/jp/shop/shop5.html


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電子レンジでポテトチップス、ヘルシー味だ。 [趣味・娯楽]

 いま、ポテトチップスづくりにハマっている。

 先日、東急ハンズでブラブラしていたら、「チンしてチップス」という商品が目についた。ジャガイモを付属のスライサーを使って薄く切り、それをカゴ様な容器に並べて、電子レンジでチンすると、簡単にポテトチップスの出来上がる。油も使わず健康的というふれこみにひかれ、しかも、価格が千円程度だったので、試しに購入してみた。

 ところが、やってみると意外に面白い。ジャガイモ1個でちょうど一回の電子レンジが使えるように器具が設定してある。最初は、やや生っぽく、成功とはいえない出来であったが、回数を重ねると幾分上手に作れるようになってきた。現段階での私の調理方法について記してみる。

まず、ジャガイモを皮むき器で削り、包丁で半分に切る。
そして、付属のスライサーで薄削りにする。カゴに並べられるチップの枚数は24枚。でも、大体1個のジャガイモでで24枚程度削れる。これは計算されて作られているようだ。
下記にチップを並べた状態。これを電子レンジに入れる。

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次に電子レンジの設定。
 説明書には、電子レンジ500W10分と書いてあったが、これでは満足いくものができなかった。
まず、ポテト同士がくっ付いてしまい、どうも出来上がりの形がよくない。

 いろいろ、試してみた結果、まず500W 9分30秒の設定し、一回目のチンする。電子レンジから一度取り出して、ボールの中に一度全部あける。するとチップス同士が互いにくっ付い合った状態で、それをボールの中で、バラバラにはがす。そして、再度、カゴ容器に並べ、500W 4分に設定し、再びチンする。

これで、香ばしいポテトチップスノ焼き上がり。あとは、塩をまぶして出来上がりである。

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 実に簡単である。

 ただ、現段階では、塩がうまくポテトに馴染んでいない。これが次の課題である。
市販で売っているポテトチップスとはちょっと違うが、ジャガイモの風味がよくでて、なかなか美味しい。とにかく油無しなのでヘルシーである。酒のつまみには丁度いい。

 今後は、塩味だけでなく、バーベキューやコンソメ味など挑戦し、色々バリエーションを増やしていく予定だ。

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アサヒビール復刻版、昭和ルネッサンスもいいものだ。 [趣味・娯楽]

 昨日、スーパーのビール売り場で昔懐かしいデザインに遭遇した。
かつてのアサヒビールのラベルである。

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 缶ビールであるが、そのデザインは昔のままで、よく見ると限定復刻版と書いてある。思い起こせば、このビールは、80年代にスーパードライが発売されてから、ほとんどお目にかかったことはない。昭和を代表するビールであったが、当時、キリンのラガーに圧倒的な差をつけられ、たしかサッポロに次ぐ3番手のビールのイメージが強かった。
 しかし、アサヒビールはスーパードライの予想を超える大ヒットで、いまやキリンを凌ぐブランド力で、過去の低迷時代をすっかり払拭している。このラベルを見ると、とても感慨深い気分になる。

 さて、このビール、どんな味であったか・・・、
あの時はうまく感じた記憶がなかったが、もしかしたら、今はおいしく感じるかもしれない。そんな事をあれこれ思いながら、ロング缶を3本買い、家でさっそく冷蔵庫で冷やし試飲してみた。

 まず、ひとくちグイっと飲んでみると、・・・たしかに、・・・・こんな味だった。

一言でいえば、キレがあまり良くなく、やや薄めである。

よく言えば、淡くほろ苦い。

だが、2、3口飲むと、だんだん味わいがでてきた。

いわゆる昭和の味らしい、と納得できる。

 今は技術が発達してどんな味でもつくることができよう。
だが、ここには西欧からビールの醸造技術を取り寄せ、日本のビールを確立しようと悪戦苦闘してつくりあげた昭和初期の味が感じられる。時代とともに日本人の食文化や嗜好も移り変わり、ビールに求められる味も、淡くほろ苦いものから、濃くてキレのいいものに人気が集まった。そんな時代の変化にうまく乗りきれなかったかもしれないが、やはり我々の記憶の中には無くてはならない昭和のビールである。
 
 そんなことをあれこれ思いながら、この復刻版ビールをグイっと飲む。実に味わい深いものだ。

 最近の若者はビール離れをしているそうだが、このビールの味はどうであろう。彼らにとって、新鮮なビールのはずだ。平成も22年経ち、色々なものが、ややマンネリ状態になりかけている。もう一度、昭和ルネッサンスで、気分をリセットするのもいいのかもしれない。
 
 このビールはまさに昭和ルネッサンスで楽しい気分だ。

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