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腸内フローラ、ミトコンドリアを活性化させることが、健康の秘訣。 [医療・厚生・食品]

 医学関連の本を読むと、「人間は自分の力で生きているのではなく、生かされている」とつくづく思う。
 
 人間の体の中には別の生物が共存しており、その生物の活性化こそが、人間の生命に重要な役割を果たしているという。その生物のひとつが細胞内のミトコンドリア。もう一つは腸内にいる細菌、いわゆる腸内フローラだ。

  ミトコンドリアは、太古の昔、人間の祖先がまだ単細胞生物であったときに、ひょんなことから細胞内に侵入し、それ以来ずっと我々のからだに住み着いており、まさに共生共存の関係にある。そのミトコンドリアは呼吸から酸素を吸収して、エネルギーを放出する物質をつくりだす働きを担う。つまり我々の元気の源となるエネルギーはミトコンドリアによって生産されているのだ。
 
 それから、腸内フローラ。これは体内に入った病原菌を撃退したり、ビタミンの合成や脳内や中枢神経で働く神経伝達物質であるドーパミンやセロトニンなどを生産、また免疫をつくったり、バランスを整えたり、様々な役割をしている。腸内には約300種類、100兆個の細菌によって、 私たちの体の機能を助けてくれるのだ。 
 つまり、これらの別な生物(寄生生物?)と良い関係で共存されなければ、私たちの健康は維持できない。しかし、我々は極度のストレスや暴飲暴食、タバコや酒など、彼らに悪いダメージを与え続け、結果的に自ら病気のもとを作り出しているように思える。
 ミトコンドリアは、体内の酸性と酸素不足、また筋肉の運動不足などが活力を失う原因とされ、腸内細菌も偏った栄養源や抗生物質等の薬剤投与によって菌のバランスが崩れ、腸内の栄養吸収作用の低下により、体全体のメカニズムを狂わせてしまうらしい。 
 昔から健康のためには「正しい食事と適度な運動、そして深呼吸をすること」が大事と言われるが、それはミトコンドリアや腸内フローラに活力を与えるための手段であり、実は人間の脳や臓器を直接活性化させているのではないということなのか。とても不思議な感覚になる。

 こうなると、体調不良、具合が悪いからといって安易に薬を飲み続けることは、よく考えなければならない。いままで健康診断で示される数値はあまりピンとこないが、実はミトコンドリアや腸内フローラの活性状況を把握する上では、よいバロメータなのだろう。
 例えば余分なコレストロールも腸内菌が排出する役目を担っているが、この数値が高いということは脂肪摂取量と菌のバランスが崩れていることが言える。つまり脂肪を分解する腸内細菌が悲鳴をあげているということだ。そうした視点で診断表を見るとうまく共存共栄が図られているかよくわかる。
 
  生かされているがゆえに、「より良く生かされるための努力」をつねに心がけることが健康の第一の秘訣と言えそうだ。
 

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いまは学園祭の時期。のびのびと精一杯楽しむ学生たちが輝いている。 [教育・科学・技術]

 夏はどうやら終わったようだ。今日は天気も雨模様でジトジトしている。周囲をよくみると紅葉が少し始まっている。考えてみれば来週は10月、もう秋本番である。

 この時期、あちらこちらの学校で文化祭が開催されている。夏の暑さが和らぎ、ゆったりと読書や美術や音楽鑑賞をしたい気分になり、学園祭はちょうど良いタイミングだ。つい先日、ある付属女子中高校の文化祭に行ってきた。

 学生たちはいろいろ工夫を凝らし、「自分たちのいま」を精一杯アピールしていた。工作や書道、音楽、文芸、演劇など、どれも味わい深く、大人がまねできない嗜好を凝らし、見学者を大いに楽しませてくれた。また、女子生徒たちの笑顔がとっても良い。実に生き生き、楽しそうで輝いていた。

 いまは塾産業が学生たちの行動・思考を支配し、親たちもそこに預ければ安心という社会の風潮が出来上がっている。良い学校を出たからと言っても、幸せが補償されるわけでもないのに、相変わらず親たちは学歴トラウマになっている。塾は良い学校に入るために、受験テクニックを徹底的に教え込む。無駄なことを排除し、いかに効率よく考えるか、思考パターンを改造しているところなのだ。ある意味、気をつけなければならない。

 この女子中学・高校は大学の付属であるせいか、あまりそうした空気は薄い。だから、展示作品にものびのびと、よくこんな手間のかかることをやるなというものも多くあり、何かホッさせられる思いであった。これからの世の中はこうした精神が大事であると思うが、戦略的思考が優先される社会で、難しい面も多く出てくるだろう。それでも豊かな心の形成に、無駄と思えるゆとりの大切さを根付かせてほしい。

 塾はテクニックを教えるところであるが、学校はやはり人間形成を中心にバランス良い思考と心を豊かにする教育、それが最も大事なことと考える。


タグ:学園祭
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スズキ、独VW社との業務提携解消。危機一髪のタイミングだ。 [産業・企業]

 スズキは09年に合意したフォルクスワーゲンとの業務提携がきちんと履行されていないと、国際仲裁裁判所に数年前から提訴しており、裁判所は先月29日VW側にスズキ株をすべて売却するように命じ、提携は事実上解消された。米国での排ガス不正事件発覚を予期したかのような絶妙なタイミングであった。

 しかし、スズキはこうなることを予測していたのだろうか。業務提携が合意後にすぐ崩れるケースは珍しい。本当の理由はメディアが今後解明していくと思うが、おそらく、当初言っていたことと全く異なる行為が提携合意後に示されたに違いない。今回の排ガス不正ソフトもまさに相手を欺く行為であり、スズキはこうした企業体質を感じとり、幾ら世界的な巨大企業と言え、組むべき相手ではないと判断したのだろう。実は、この排ガス不正問題もスズキは気づいていたのでは・・・と考えてしまう。とにかく鈴木会長の英断は素晴らしかった。 

 大きな力、大きな流れに背を向けることは勇気のいることだ。たとえ、過ちを気づいても言い出すこともできず、その流れに身を任せてしまうのが世の人のほとんど。サラリーマンの世界では会社の方針は絶対的であり、その行為が不正のようなものであっても会社のためとなれば目を瞑ってしまう。これは会社の方針、上司からの指示となれば、部下は実行しなければならないシステムになっているからだ。・・・悲しいかな、これは昔の軍隊と同じ仕組みである。

 つまり、トップ層の理念や資質は、会社の末端に大きく影響してくる。このVW排ガス不正事件を別世界の出来事と捉えている経営者たちは数多くいると思う。しかし、これは他人事ではない。「利益を出すこと」と「人を騙すこと」は全く別のものに思えるが、実は紙一重の性質があると思った方がよい。「社会に貢献、人に役立つことで」で報酬をもらい、その結果が「会社の利益」というのが本当の姿であり、そうしなければやがて社会から弾かれ、利益の追求どころではなくなってしまう。それは過去からも、そして現在でも証明されている。

 「儲ける」という概念は企業にとって非常に重要なことであるが、それよりも大事なことがあることを忘れてはならない。そんなメッセージがこの件から読み取れた。 

 

 


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独VW排ガス不正ソフト。本当に嘆かわしい事件。 [産業・企業]

 ドイツ最大自動車会社VWの排ガス不正操作事件は世界中を驚かせた。

 世界的な超有名企業がとんでもない、せこいインチキをしていたのだ。この前代未聞の事件にドイツ車の信頼がガタガタに崩れてしまった。ドイツ国民も相当憤慨していることだろう。

 しかし、その手口は非常に姑息である。同社のディーゼル車に排ガスを制御するソフトウエアを組み込み、試験の時だけ排ガス排出を抑制し、通常運転では排ガス制御をストップし、燃費効率を高める仕組みにしたことだ。ちなみに通常運転の時は規制時の約40倍。これは会社の開発部門、製造部門が組織的にやらなければできないことだ。そこまで最先端技術を駆使して違法行為をやるか、当然、VW社には厳しいコンプライアンス制度もあるはずなのに、とても信じられないことだ。

 アメリカでVWに科せられる制裁金は最大で2.2兆円というから、普通であれば会社存続の危機である。トップが変わったくらいで済まない状況であるが、また潰れても困る会社である。世界で最も多くの車を販売しているがゆえ、そのメンテナンス、フォローを担わなければならない。いまは会社の利益を犠牲にしてもユーザーに信頼回復のために尽くさなければならない。

  利益優先。また、どんな方法を使っても競争に勝ち、自分だけが得しようとする精神。本来ならば公的な企業として社会貢献しなければならないはずが、真っ逆さまである。今回の発覚で対象はアメリカだけでも48万2000台が違法車になる。本来ならば車道を走ってはならないが、そうもいかない。

 また、リコール(回収、修理)で済むのか、排ガス規制を技術的に確立していなければ、ハイブリットや電気自動車に替えてやらなければならない根本的な問題ではなかろうか。制裁金プラスユーザー対応で、やはり会社存続の危機は間違いないだろう。私の周りにもVWを愛するという車好きがいるが、彼はどんな心境でこのニュースを聞いているのだろう。本当に世界を裏切った嘆かわしい事件である。


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日本の伝統工芸品、もっと世界に発信を。 [文化・歴史・芸術]

 日本伝統工芸展が日本橋三越本店で開催されている。
 
 工芸品は観賞を目的とした美術品と異なり、私たちが日常使用するものである。とは言え、展示された一品一品の繊細な美しさや精巧なつくりは、実用品をはるかに超えた芸術品の域に達している。

 展示されているものは、陶磁器や漆器、金細工や竹細工、織物や人形など多岐にわたり、多くの人たちの目を楽しませてくれている。日本の伝統技術は、長い年月を人から人へとただ伝承されているだけでなく、それを受け継いだ職人の工夫やこだわり、思いなどが積み込まれ、決して風化することなく新しい息吹さえ感じさせる力がある。いにしえの香りを感じさせつつも現代的な斬新さが放たれている、それがいまの伝統工芸品だ。
 
 この展示品で共通しているのが、やはり和の形、和の色彩である。基本的に素材で決まってしまうと言えばそうだが、もうひとつ「和」へのこだわりが見えてくる。
それは茶の湯や華道などの精神に通ずるが、素朴さやわびなどに美を見出しているところ、西洋的な豪華さや明確な幾何学性などの人工的な美とは異なり、自然を大切にする心が伝わってくる。こうした日本的な美を外国人が理解できるかわからないが、おそらく不思議な力に惹きつけられるのではないか。 
 
 日本橋三越とあって年配の方が多く、あまり若い人たちの鑑賞者は見られなかったが、こうした伝統工芸にもっと関心をもってもらいたいものだ。日本が世界に誇れる素晴らしい財産と言っていい。若者はもっと自慢すべきである。
 
 これらの伝統工芸品はすべて手づくりで出来ている。その価格は相当なものと推測するが、製作にかかった時間、人件費を考えれば当然と言える。ただ、器ひとつに数十万のお金を出すことは一般人にはできない。庶民にお宝の価格だ。ただ、この伝統工芸を絶やさないためにも、この素晴らしい工芸品が高い価格で売れなければならない。そこが伝統工芸の大きな課題であろう。

 最近、日本の文化が世界で見直されてきつつあるが、観光地や食べ物だけでなく、こうした和の文化、財産を世界にもっともっとアピールし、より広げていくことが重要だ。
美の価値は、シャネルやクリスチャンディールのような金銀、プラチナの装飾品に決して劣ることはない。むしろ素材が木や竹、土などのありふれた自然素材を最高の技術と手間暇で作り上げた、最も贅沢品ともいえる。
 
 今回、高松宮賞はカイワレ大根を題材にした陶芸の鉢である。鉢の中にさりげなく描かれたカイワレの芽やその茎のラインを意識した形状は身近な感覚とユーモラスさ、そして伝統工芸品としての美的品格を備え、優れた作品が多く並ぶ中でも、「なるほど」と言える秀逸な作品であった。とにかく久々に感動と五感を感じる美に出会えたひと時を過ごした一日であった。
 

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ゼロエネ住宅、普及に弾みがつくか。 [教育・科学・技術]

 ゼロエネルギー住宅に注目が集まっているらしい。

 これまでは壁の断熱材を厚くしたり、窓ガラスを複層ガラスにするなどエネルギー消費量を抑えた省エネ住宅が主流であったが、最近は太陽光パネルや燃料電池を備えた、いわゆる発電によって電気をつくる創エネとそのエネルギーを貯め込む蓄エネで、全体のエネルギー消費量を限りなくゼロにするという夢の住宅である。

 東日本大震災の原発問題をきっかけに日本のエネルギー事情は大きく変わり、今では天然ガスや石炭などの火力発電が主に国のエネルギーを支えている。しかしながら、これらの資源には地球温暖化ガスの排出や供給の安定確保などの問題があり、すべてを依存するわけにはいかない。また太陽光発電や風力発電も建設が進んでいるがやがて立地場所などで頭打ちになるだろう。地熱発電やバイオマスもなかなか進展せず、自然エネルギーで供給体制を構築することは極めて難しい。

 そうなるともう一つの対策は、エネルギー消費量を如何に抑えるか、そこがポイントになる。現在、企業や家庭でもエネルギーの無駄使いをなくす節電がだいぶ浸透し、この夏の猛暑もなんとか計画停電なく過ごすことができた。しかし、安心できるレベルではない。まだまだ必要なエネルギーは膨大である。これを大幅に減らす施策、住宅のゼロエネ化が最も効果的な方法であろう。

 IT技術やロボット技術などの技術革新は目覚ましいものがあるが、相変わらず建設分野はローテクノロジーのイメージが強い。超高効率のエアコンや魔法瓶のような断熱、そして自然の力を利用して発電、蓄熱する技術など次々開発してもらい。この分野はまだまだ開拓の余地がありそうだ。国や企業は率先して取り組んでもらいたい。 


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曽野綾子著「人間の分際」どう生きるか考えさせられる。 [哲学 思想 名言]

 人間の分際、 やればできるというのは、とんでもない思い上がり。

 本のタイトルとカバーメッセージは、弱き人間にはとても惹きつけられる言葉だ。中は1~2ページの短編でまとめられ、深いテーマであるが手軽に読むことができる。

 この本の主軸になっているのは逆らえない「運命」。不運、不幸、老いや苦しみといった人生の逆境をどう向き合うか。弱い人の目線で心に響く語りで説いている。

 人間、どんな人でも多かれ少なかれ、不運、不幸を背負っている。また幸福で順調な人生もいつまで続くかわからない。満たされた生活を送っている時にはほとんど気づかなかったことも、いざ失い始めた時に、その大切さを思い知る。それは誰もが心の内にあるだろう。

 また、老人の境地になれないが、最後は一人、そして最終的に味わう最大の境地は孤独と絶望と言い、それを克服する勇気こそ、晩年に最良の生き方ができるカギと説いている。

 競争主義、弱肉強食の社会の中、多くの弱き人たちは脱落し、苦悩と絶望で心が疲れ、 生きる力さえ失いかけている。そんな不安に包まれた状況に、考え方ひとつ、「分際」いまの正直な自分を受け入れることで、その重苦しさを幾分軽くすることができると示唆している。

 たとえ不幸、不運と思えども、小さなことにも幸福を感じ、それを大切にしていく心構えこそ、本当の幸わせ、生きがいを見出す力になると作者は語っているのではないだろうか。


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「ブラタモリ」が面白い [趣味・娯楽]

 NHK番組「ブラタモリ」を毎週楽しみに観ている。昨日は博多。繁華街でにぎわう街並みも、その昔、川に挟まれた2つの小さな島のような砂丘が徐々に堆積し、現在のような地形になったことも驚きだが、弥生時代の太古から人が住み続け、地層や街のあちこちに歴史の痕跡が残っているのが非常に面白い。

 普段ならばちょっとした地形の高低差や道の曲がり具合などほとんど気にすることはないが、そこはタモリさん、鋭い切り込みとウィットのある語りで、歴史的な凄い事実を暴いていく。歴史と現代の風景が一致する瞬間で、観ている方も「なるほど」と一緒に興奮を覚える。

 こうしてみると地形、街並み、道、地名には歴史のすべてが刻み込まれているといって良い。いつも目にする風景も歴史と重ね合わせてみるとまた別の風景が見えてくるものだ。

 また、この番組ではタモリさんと桑子アナの絶妙なコンビもいい。博学でありながらも少年のようなオヤジとなんでも興味津々の笑いが絶えない若い女性、突っ込みとボケもいい感じで、時折漫才を観ているようだ。特に桑子アナが発する、まるではじめて日本に来た外国人的なコメントが番組を大いに引き立てている。

 今後もこの2人、全国をあらゆる地域を探索し、タモリと桑子流、新しい歴史感を紹介してもらいたい。 


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安保法案成立。パンドラの箱を開けてしまった。 [政治・政局]

安保関連法案、あっけなく成立した。
この法案は憲法解釈で成り立っているが、
法は法である。 
 
これにより、自衛隊は最大の縛りがほぐれた。
自衛隊官僚が権力を持ち始める瞬間である。
 
自衛隊が平和のために一層活動しやすくするための法案。
しかし、平和の解釈がこれだけ国会でねじれているのだ。
かつても自国の平和と繁栄のための戦争であった。
歴史は繰り返されるもの。 
 
これから誰が自衛隊を抑えることができるのだろうか。
政権が変わって、また元に戻すことはできるのか。
いや、官僚が力を持てば、よほど強力な政権でなければ打ち勝つことはできない。
これまで、ほとんどそうであったではないか。 
 
自衛隊から日本軍に変わらなければよいが・・・。
ついにパンドラの箱を開けてしまったのだ。  
 

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新国立競技場、ゼネコンの総合力を発揮してもらいたい。 [社会・生活]

 新国立競技場の締め切りに、当初案のザハさんが断念した。一緒にやるゼネコンが見つからなかったからと言う理由だ。それはゼネコンにとって、最初に予算が決まるから恐怖だろう。いくら縮小したといえ、ザハさんのデザインへの妥協はなさそうだし、今度は国民の目がしっかり向いているから安易に増額できない。当然と言えば当然。結局、日本を代表する著名な建築家である伊藤豊雄氏、隈研吾氏と大手設計事務所、大手ゼネコンの2グループに絞られた模様だ。
 
 今回はデザインもあるけど、機能とコストが最優先される。 
 一般的な仕事の流れは、「建築家→設計事務所→ゼネコン」というのが本筋であろうが、今回はハイレベルな建築技術といかにコストを抑えるかというノウハウが非常に求められる。ゼネコン抜きでは考えにくい。つまり、先ほどとは逆に「ゼネコン→設計事務所→建築家」という流れが実質ではなかろうか。ゼネコンの構想に対して、設計事務所が図面化し、そして建築家がデザイン的に監修するというパターン。世間的に違和感があるかもしれないが、「ものづくり」としては決して悪くないと考える。
 
 ゼネコンはいつも悪玉に上がっているが、最終的に品質やコストの責任を負わなければならない。特に品質は末端の職人レベルのものづくり感で決まってくる。それを統括するのもゼネコンであり、日本の品質の高さはそうした現場の力によって支えられている。 今回の新国立競技場は技術的にも、地震対策やゼロエミッション、高耐久性、維持管理費がかからないなど様々な課題をクリアしなければならない。デザインで目立つことよりも、こうした本質的な機能で、世界を驚かせるような建築を、ゼネコンは総力を挙げて提案してもらいたい。国民もそれを期待しているのではないか。
  

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本当に良いのか。安保法案、参議院特別委員会通過。 [政治・政局]

安全保障関連法案が参議院特別委員会を通過した。

もう少し議論が尽くされるかと思ったが、あっけなく採択され、本会議に提出される運びになった。

本当にこのままでよいのか。安保関連法案は非常に複雑で専門的にされている。そこで大事なことがごまかされ、国民が何も言えないようにされている気がしてならない。

政治家だけでなく、司法学者や大学教授、思想家、哲学者、あるいは実業家など、あらゆる有識者がもっと声を大にすべきだ。 一部でそうした発言も聞くがまだまだ足りない。デモ集会も、国会前だけでは駄目で、全国各地で奮起しなければ国民多数の声とは言いがたい。国民はもっと発言、発信が必要だ。

また、マスメディアはこの問題を客観的な立場で成り行きだけを報じているが、もっと国民に考えさせる報道が必要なのではないか。

議論も不十分なまま、このような重要な法案をスピード可決できる政治、強引な採決。これで日本の安全を政治に託せるのか。政治の意思で自衛隊を動かせる時代、それはやはり危険な予感がする。


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安全保障関連法案、廃案を願いたい。 [政治・政局]

この安保法案で一番焦点になることは何か。
自衛隊を縛っている法の力が切り崩されることにある。
 
集団的自衛権が行使されれば、限定的であるが武力行使ができる。
 
それを判断するのは司法ではなく、立法と行政になろう。
つまり、政治が戦闘を判断できるという解釈になる。
 
そう考えると政治が正しい判断をすれば良いが、間違えれば取り返しがつかなくなる。
政治には常に色がつく。時の指導者によって判断もかわるだろう。 
 
不安定な世界の情勢、アメリカとの同盟関係などを考えれば、集団的自衛権の必要性も十分理解できる。
しかし、戦争への第一歩という大きな不安がよぎり、個人的にはやはり安保関連法案は廃案になってもらいたい。 

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安保関連法案、国民投票で賛否を問うべき。 [政治・政局]

 安全保障関連法案の採択の動きが速まっている。
与党は本国会会期中に本気で成立させるつもりだが、この法案に対する国民の意識はいまひとつである。
日常どれだけ、この話題がでているだろうか。
私の身辺ではほとんど聞くことはない。
 
 戦後、70年目にしてこの法案は大きな節目になる。
成立すれば、戦うという概念は、おそらくガラリと変わってくるだろう。 
守るために、戦闘する強力な能力を持つからだ。
当然、軍備増強は進められるだろう。 
 
 「日本を守る」ことに誰も異論はない。
いままでの法の下では全く戦うことができないから、わかりやすかった。
だが、今度は先守防衛とか集団的自衛権とか、ややっこしい概念が入ってくる。
この場合ならば戦ってもよいが、そうでなければ駄目という解釈ができるわけだ。
つまり、解釈次第で、戦いの範囲も変わってくる可能性がある。
当然、そのブレーキとなる安全のしくみもあるだろうが、本当にそれを信用していいのかわからない。
 
 これまでも国債の発行や原発の建設も、初めの一歩は慎重そのものであったが、気が付けば国は借金地獄、原発はそこら中に建設され、歯止めが全く効かない。初めと全く違うのが常である。
 
 だから、日の丸をつけた自衛隊の戦車や戦闘機がいつの間にか世界各地で活動し、武器の性能や軍隊の組織力で他国を圧倒する状況にならないか心配なのだ。こうしたことに、 まだまだ議論は浅いと思うし、国民はあまり危機感がない。
実際、国民投票で賛否を問うのならば、国民の意識も大きく変わるのだろう。
国会議員は代表とはいえ、国全体から見れば一部の人たちである。
短時間でこのような大きな問題を決めてしまうのは納得しがたいことだ。 
 
 平和ボケで戦争という言葉もピンとこないが、昭和のはじめを2度と繰り返してはならない。
未来の子供たちのためにも、我々はもっと国の将来を考えることが必要だ。 
 

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ドラマ「小林一三」、よい刺激をもらった。 [文化・歴史・芸術]

 NHK放送90年ドラマ、阿部サダヲ演じる小林一三、実に面白かった。

小林一三は戦前から戦後にかけて、阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚歌劇団、東宝など数多くの事業を成功させた大実業家である。前編は落ちこぼれの銀行員、チャンスを生かしつつも借金に追われ、ついていない人生。後半からは人生の転機、恐慌で株式の半分も引き受け手がない小さな鉄道会社(箕面有馬電気鉄道)を引き受けることで、さらに苦境に陥るが同時に少しづつ運も手にしていった。ただし、その運は小林一三の事業に対する才覚と努力、執念で勝ち得たものだ。常に人のために行動し、そして国を良くしていこうという信念で事業を推進。やがて、阪急グループという一大コンツェルン創設につながっていく。

 最近、これとは対照的に、東芝の不正会計処理問題など、企業のあり方が問われる事件がクローズアップしている。そこには目先の利益優先に走り、社会への貢献や働く人たちの喜び、やりがいなどひとかけらもない企業の実像が映し出されていた。日本を代表する大企業として実に悲しい実態だ。

 そもそも、会社(企業)は世の中のために事を成し、そして報酬を得るという公的な目的がある。しかし、今日では仕事を得たら何パーセントの利益を出すか、そればかりに執着し、 公的な報酬概念はない。 確かに会社は収入、支出という流れの中、利益というものを得なければ生きていかれない。だが、その会社が世の中に必要とされるかは別だ。つまり、社会にとってどれだけ役に立つか、それがない会社は必要とされない。世の中に役に立ち、そして人が喜ぶこと、人の夢を実現させてやろうという気概、それが小林一三の凄いところである。

 こうしてみると現在、元気のある会社の経営者はそうした思いや信念があり、結果として世間から受け入れられ、高い報酬を得ているところが多いような気がする。夢や希望だけでは、食っていかれないと言われるが、それなしでやがてはじり貧になる。たとえ苦しくても 工夫に工夫を重ね、努力と執念で頑張り、社会、人々から受け入れられること、その大切さをこのドラマから収穫することができたように思える。


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災害で思う。地名にはメッセージが込められている。 [社会・生活]

 先週放映されたNHKスペシャル「巨大災害MEGA DISASTER」日本に迫る脅威と大避難、命をつなぐシナリオが、まさに現実になってしまった。

 関東地方を襲った記録的な豪雨は凶暴な濁流になり、 下流地域の堤防を決壊し、あっという間に住宅地を飲み込んだ。記録によると48時間の雨量が日光市今市589mm、鹿沼市480.5mm、栃木市400.5mm、いずれも観測史上最大で、夏場2か月分の雨量と同じというから異常事態である。

 番組の中で気象学者が絶対ありえないことがいつ起きてもおかしくないと話していたが、本当にそうなってしまったのだ。

 今回は地方の田園地帯での被害であったが、都心で起きたらどうなるか。これは想像を絶する光景が目に浮かぶ。特に東京の荒川や隅田川河川の決壊は都心機能を決定的に壊滅させる。特に多くの人が集まる地下街や地下鉄などは完全に水位以下、階段は濁流の流れ道になり、のぼることはまずできない。逃げ場を失った人たちが限られた避難口に殺到しパニック状態になる可能性は極めて高い。もし、自分がその場所にいたらと考えるとゾッとする。

 今回の教訓から、河川の水位が異常に上昇したならば決壊を前提に、すぐに避難警報を出してほしい。まず、地下鉄などの交通はいち早く対策を取り、地下街は全員避難警報を出すべきだろう。多少のパニックは止む負えない。決壊してからでは間に合わないのは、今回の件でよくわかった。

 台風の時期は完全に終わったわけでく、記録的豪雨はこれからも続く可能性はある。油断大敵だ。

 今回の氾濫の源になった鬼怒川と黒川、ともに名前が気になる。家々を倒壊させる川の濁流は 鬼が怒ったようであり、黒く濁っている。もしや先人たちもかつての体験から、この川の恐ろしさを忘れないために名付けたのかもしれない。また、浸水で被害の大きかった鹿沼も水がたまりやすい地域だったこともうかがえる。東京の荒川、隅田川(かつては墨田川)もどことなく鬼怒川、黒川と似ている。何か意味が込められているようだ。

 防災対策も大切だが、やはり普段からの意識、そして恐ろしさを忘れないことが重要である。そうしたメッセージを感じさせる地名が日本各地にある。災害が起きると「なるほど」と思う。日本は昔から災害に向き合っている国であるとつくづく思うところである。


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エンブレムも白紙撤回、個人攻撃でなく社会で責任を。 [社会・生活]

 五輪エンブレムが新国立競技場に続き白紙撤回になった。

 せっかくの盛り上がりが、思わぬところでつまづき、オリンピックを目指す選手たちはどう思うだろう。

 日本という国は高い完成度を求めるわりには、いつもはじめのツメがあまい。今回の件で思い起こすのが理研のSTAP細胞事件。当初、その中心にいた小保方研究員は難病で苦しむ人たちを助けたいという善意の思いで研究に取り組んでいた。たどり着いたのがこの奇跡の細胞、STAP細胞であった。 その成果が国際的権威あるネイチャーに論文が掲載され、一躍脚光を浴びたが、それから数か月で一転、悪質なねつ造、理研の権威を失墜させたと社会全体からバッシングされる事態に陥った。おそらく本人も気づかなかったミス、過ち、そして、それを見抜けなかった理研の組織、この初歩的な間違いが、結果として社会全体を巻き込んだ大騒動を引き起こしてしまったのだ。

 新国立競技場では建築家の安藤忠雄さん、エンブレムのデザインでは佐野さん。社会的に大きくバッシングされ、これまで築いた業績もすべて無になるほど痛めつけられている。

 何かあると「責任をとれ」の大合唱で、その人たちの凋落を楽しむように叫ぶこの社会現象、何とかならないものか。 この2人に責任というよりも、実はもっと初歩の段階に問題があったようにも思える。行政を含めた組織で厳重にチェックできたはずだ。

 また、それよりも失敗が許されない社会がなんとも息苦しい。何度もチャレンジできるアメリカならばどういう展開になったか。きっと閉塞的な日本とは大きく違っていただろう。

  個人攻撃はやめて、社会全体で失敗を受け入れられる、そんな仕組みが必要なのではないだろうか。


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スローフード文化の時代 [文化・歴史・芸術]

 スローフード。その土地の伝統的な食文化、食材を見直す運動で、1986年イタリアのカルロ・ペトリーニさんによって提唱されたという。

いま日本はまさにスローフードブーム。和食や地酒、地元の特産品を活かした郷土料理、B級グルメ などなど。日本の食文化、食材のレパートリーは世界に類を見ない豊富さであろう。また、伝統的なものばかりでない。新しい発想のものも次々あらわれる。日本人のお家芸である和洋折衷。世界中からいろいろなものを取り寄せ、アレンジし、自分たちの好みにあったものに仕上げる才能は古来から健在である。

 そうした文化が、いま外国人に注目され、日本への観光人気につながっている。

 これまで当たり前と思っていた日本文化、特に食文化はおそらくダントツ世界ナンバーワンではなかろうか。経済は中国に抜かれ世界第3位、さらに数年後にはインドにも抜かれると予想されているが、この食文化は、質と深さの面で100年かけても覆されることはないだろう。

 日本の食文化は人々の食に対する思いだけで築き上げられたものではない。四季折々の気候、周囲は海に囲まれ豊富な魚介類や山間部から湧き出る良質な水、農作物が育つ土地など、世界中でも稀にみる自然環境に恵まれたからこそ、おいしい食材を得ることができたのだ。その幸のおかげといっても良い。

 しかし、20世紀以降、日本のそうした豊かな自然も経済効率から徐々に破壊されつつあり、かつてほどの恩恵も危うくなりつつある。

 スローフードは、食文化を中心に、環境を見直す良いきっかけである。やはり、食卓が文化の中心にあり、人が集い、街や産業が栄えていく構図が、もっとも居心地のよい社会である。ギスギスしたストレス社会とはちがった生活が見えてきそうだ。スローフード文化こそ、いま日本が最も目指す道に思える。 


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