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きゃりーぱみゅぱみゅと草間彌生、新旧2人のわくわくワールド [文化・歴史・芸術]

 「きゃりーぱみゅぱみゅ」 

 名前を上手く言えない。果たしてこれが名前なのか。きゃりーが苗字でぱみゅぱみゅが名前?オジサンには理解不能である。また、彼女の歌も異次元空間での流行歌に聞こえ、他の歌と一緒にはできない。ファッションもアニメの中から飛び出てきたような不思議な色彩に包まれ、これまでと全く違う異色の女の子だ。

 ただ、このハチャメチャに観える彼女、いや彼女が醸し出す全体のカタチや雰囲気に、どうも惹かれる。これは単に女の子のかわいいファッションだけではない。その奥に何か洗練された美学、アートのようなものを感じる。

 彼女とは全く別世界の人であるが、一人の女性を思い浮かべる。彼女の名は草間彌生、知る人は知る84才の気鋭の前衛芸術家だ。カラフルな水玉模様の衣装に真っ赤なかつらを被り、文様のようなギザギザや水玉図形で生き物のような奇妙な絵を描きだす。だが、これらの作品は全世界の有名美術館で個展を開くほどの人気で、いまでは世界を代表する現代アーティストと言われる。彼女も自分自身のキャラクターを作品の中に一体化させ、草間ワールドという芸術ジャンルを創っている。 

 きゃりーと一緒にしてはいけないと思うが、どこか共通するところもある。草間彌生の「幻覚」、きゃりーの「カワイイ」、それぞれ追い求める対象は異なるが、芸術としての表現手段と強烈なインパクトは非常に似た面がある。 最近、草間の一見気色悪そうな作品?を「カワイイ」と言う声もあるそうだ。確かに彼女の作品の中には女性が好むピンクや水色などのパステル調の色彩が多用されているせいか、どことなく愛らしさを感じさせられる。

 いま、キャリーぱみゅぱみゅも世界中で注目を集めているそうだが、日本のカワイイ文化、芸術のシンボルになっていくのではないか。きゃりーと草間彌生、新旧2人の女性、世界を驚かせるわくわくアーティストとして、これからも大いなる活躍を期待したい。


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日本の平和を維持するには何が必要か。 [社会・生活]

 国民の意識調査で、防衛力の増強、集団的自衛権の行使への賛成割合が、この数年増加傾向を辿っている。

 中国による尖閣諸島での威嚇や北朝鮮のミサイル攻撃の恐れなどから、そうした意識の増大は当然のことと言えよう。アメリカの核の傘の下で戦後68年間、何事もなく過ごしてきた日本であるが、そろそろ転機が訪れているのは誰もが感じている。中国の台頭、アメリカの国力停滞、テロの勃発、中東諸国の政情不安定など、国際状況が大きく変化する中、いままで堅固と思われていた安全保障の仕組みも、再度見直していく必要がある。そして、日本が平和を保つため、いままで何をしてきたか、どれだけの努力をしてきたか、反省を踏まえて、しっかり総括すべきであろう。

 この問題に対して、安倍首相は以前から強いこだわりを持ち、保守色も濃い。自著の「美しい国へ」では自立した国家、自ら帰属する国家の伝統、歴史、文化に誇りをもつという純粋な愛国心など、国家の在り方を強く訴えている。そして、その根幹にある憲法改正、特に9条に縛られていた戦争放棄、平和の概念についても意欲的に言及している。それを危険思想と危惧する声も多いが、経済や景気だけを政治の焦点にしてきた過去数十年間の政権と比べると一歩進んだと言えよう。

 さて、この「平和」であるが、それをどのようにすれば維持できるか。大きくは次の2極の議論に分かれると思う。一つは国防を強化し、しっかり国を守る。さらに日米同盟も強化し、軍事力の増強で不安を解消する考え。

 もうひとつは軍事よりも外交重視。日本が軍事力を高めれば、逆に相手国を刺激し緊張をもたらす。軍事的手法を使わず、あらゆる手段(文化交流や経済支援、環境技術支援など日本ができること)を行使すべきとの考え。さらにこの2極をミックスした考えもあるが、究極はこの2つに絞られると思う。

 どちらも納得する考え方であるが、一つ目の考えは相手が弱ければ軍事力で抑えることができるだろうが、対象が大国の中国であれば、現在の自衛隊では力不足、本格的な軍隊を編成する必要がある。気が付けば第二次世界大戦前と同じ巨大軍事体制が出来上がることも否めない。現在の日本人には、戦争加害者(前科者)の意識は低いが、周辺諸国 特に中国、韓国などはそれを決して許すことはない。むしろ、今以上に関係が悪化し、領海域での緊張感はさらに高まってくることが予想される。

 いずれにしても、日本をはじめ周辺諸国が安心、安全な高度な民主主義にならない限り、戦争の火種を断ち切ることはできない。利害関係だけで物事を進めれば必ず、火花は散る。これは国家同士だけでなく、人と人との小さな関係の中でも起こる。まずはお互いの信頼関係が大切だ。

国を守ること、そして自分の国に尊厳を持ち、自立心を高めることは重要である。しかし、歴史を観ればそれが戦争に直結しているのも事実であることも忘れてはならない。大河ドラマ「八重の桜」では、会津の人々が国を守るため、官軍相手に死闘を繰り広げ、最後は悲惨な結末を迎える場面がある。いわば福島県対山口県、鹿児島県の連合軍の戦争である。その日本人同士の争いに命を懸けていたのだから、今では到底考えられないことだ。明治前までは藩が国家の最上位で日本という概念は殆どなかったのだ。

 現在、経済、情報においてはグローバル化が進み、国家のすみわけが曖昧になっているが、人の国家意識はいまだ国境を境に固まっている。しかし、もっと時代が進めばすべてがグローバルに展開していくのではないだろうか。日本も中国も韓国も同じ法律と制度が適用される時代がくれば、尖閣諸島も竹島もどうでもよい問題になるだろう。

 一つの巨大な国家が力で支配するか、民主的に国々が集まって連合国をつくるか、いずれどちらかに進んでいくと想像する。ただ、その時、会津藩のように意地を張って多くの人の命や財産を失うことは、決して賢明とは言えない。

 安倍首相の描く国家は、確かに美しい国だが、ちょっと昔の武士の気骨が入り過ぎているような気がしてならない。むしろ、したたかな町人の生き方や精神も見習うべきではないだろうか。まずは国のカタチを維持するよりも、日本人がどんな苦境でも戦争をせず生き延びれる選択肢を見出すことが重要であり、しなやかな考え方が大事なのではないか。


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米アップル、韓国サムスン電子の特許訴訟合戦、どこまで続く? [産業・企業]

 米アップルと韓国サムスン電子と特許訴訟合戦が激しさを増している。

 ここまで来ると負けた時の影響は計り知れないのか。どちらも強気で徹底抗戦の構えだ。アップルも1企業に過ぎないが、この10年間、世界のIT社会を変え、かつ熱狂的なマックファンを抱えたスーパー企業だ。まさにアメリカの中のアメリカの企業である。ただ貪欲に儲ける企業体質、あらゆる広域にかかる特許などあまり評判が良くない一面もある。さらに天才スティーブジョブス亡きアップルに陰りを感じる空気も否めない。

 一方、サムスンはいまでは紛れもなく世界的な企業である。現在はアップルと対立するグーグル率いるアンドロイド系のスマートフォンで巨額の利益をたたき出しており、半導体やスマートフォンの世界では怖いもの知らずの存在にも観える。ただ、企業基盤は決して盤石とは言えず、製品寿命が短いハイテクの世界では数年で業績が天から地に転げ落ちることさえある。

 今回、米国際貿易委員会(ITC)でサムスン電子がアップルの特許を侵害したと認めサムスンの一部製品の米国への輸入と販売を禁止する命令を出した。また今月米通商代表部(USTR)はアップルがサムスン特許を侵害したというITCの命令を覆しており、アメリカの中ではやはりアメリカ企業の優勢さがにじみ出ている。

 ただ、この特許紛争でサムスンに正当性はあろう。しかし、これまでアップルに製品を納入することで今日の巨大企業へと成長の道を歩んでこれたのではないのか。日本企業ならば恩を受けた相手に牙を向けることはできようか。韓国企業ならではの凄みを感じる。

 また日本企業は特許に石橋をたたくような慎重さで対応するから、このような訴訟に至ることはあまり考えられない。日本を除くアジア系企業はあまりにパクリが多すぎる。知的所有権に対する考えが軽すぎることは以前から問題視されていた。

 アップルの特許戦略もやり過ぎの面もあるが、言い分もあるように思える。iponeやipadなど、これまで観たことのない独創的なデザインスタイルの製品が世の中に出現したかと思えば、いつの間にそれとそっくりな製品が世の中に溢れかえっていた。素人からすると機能やデザインがちょっと変わっただけで殆ど同じ製品に観える。先陣を切ったアップルは相当幅広い特許を押さえるのは当然だ。後陣のサムスンが特許で優位になるのはちょっと考えにくい・・・。同じように日本企業は訴えられていないところを見るときちんと特許料を支払っているのだろうか。

 一方、サムスンは電子通信技術の特許で訴訟している。そもそもアップルは自社で技術開発や製造している企業でなく、様々な部品をマック仕様で海外の企業に委託し製造・組立をさせているに過ぎない。サムスンが保有する技術を無断で使用したというが、サムスン以外でその技術を製造している委託企業があるということなのか。そこがちょっと良くわからない。ただ、こうした先端製品は特許的な技術の塊であり、一つ一つの技術に企業の命運をかけるような特許紛争の駆け引きが起これば、企業はウカウカと新商品など出すことはできない。

 この争いの結果次第では、2社だけの問題ではすまないのではないか。

 さて、まだ序盤で、お互い体力はあるようだ。どちらかが倒れるまで戦うのか、ここまで来るとメンツを懸けた戦いかもしれない。ただ、企業同志の争いを超えて、国の威信をかけたものにも発展しそうな気がする。

 日本は蚊帳の外だが、今回は観戦しているのが一番いい。 


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トウモロコシは1本の木から実は1つが望ましいのか。 [家庭菜園・農業]

トウモロコシが順調に育ち、尾っぽもやや茶色く色づきはじめてきた。あと1週間ほどで収穫できそうである。

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しかしながら、今回ちょっと迷いがあった。1本に1つ実らせるのが原則であるが、2つ目をもぎ取れずそのまま育ててしまった。結果的に2つともやや大きさが小さい。さらに皮を剥くとコーンの実も小粒である。

欲張ったつもりはないが、芽を剥ぐと茎にダメージがいくような気がして、それでためらってしまった。早い時期にもぎ取ればミニコーンとして調理もできたそうだが、完全にタイミングを逸してしまった。

原則、一本に実1つがよさそうだ。来年は気をつけよう。


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中島みゆき「時代」 不思議な力を持った曲だ。 [趣味・娯楽]

 昨日、中島みゆきの「時代」をたまたま耳にした。何か心にズッシリと響く曲である。

 40年前の歌であるが、メロディー、歌詞に古びた感じがなく、むしろ今の時代にピッタリフィットする。最近、この曲は卒業式などでも多く歌われ、東日本大震災で被災された方からもリクエストの多かった歌と聞く。明日への希望を与えてくれる不思議な力を持っているようだ。

 しかし、当時20歳そこそこの女の子が、なぜこんな意味深い詩を書けたのか驚くばかりである。言葉は極めてわかりやすいが、その心に映る景色は聴く側にとって限りなく広がっていく。

 では、その歌詞の一節目を紹介する。

 「時 代」  歌・詩・曲 中島みゆき

今はこんなに悲しくて涙もかれ果てて

もう2度と笑顔にはなれそうもないけれど

そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ

あんな時代もあったねと、きっと笑って話せるわ

だから今日はくよくよしないで、今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ 時代はまわる、喜び悲しみ繰り返し

今日は別れた恋人たちも、生まれ変わって めぐりあうよ

 20代に聴いた時、ピンとこなかった歌詞が、人生色々経験した50代半ばで聴いてみると、ひと言ひと言が非常に心に染入り、何か慰められ、そして明日に向かって元気づけられる。ひと昔前には薬師丸ひろ子、最近では一青窈や八神純子がコンサートなどで歌っているそうだ。中島みゆきの歌声は格別であるが、また彼女らの個性から発する響きからも、きっと心を揺さぶる何かがありそうだ。この曲は懐かしの歌ではなく、今の時代にしっかり根付き、また歌い継がれることで、新しい時代に生まれ変わり、その時代の人たちを惹きつける、そんな不思議な力を持っているのではないか。

あまり気にしていなかった曲であったが、改めて出会い、心を揺さぶられてしまった。


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湘南海岸は「三ツ星」ビーチだ。 [旅行・散策]

  真夏の晴れた日には海がいい。

  神奈川県湘南海岸、特に江の島東海岸は日本で最も人が集まる人気のビーチだ。この海岸は比較的浅く、よほど海が荒れていないかぎり安全である。

  海岸にはライフセーバーの人たちも多く、そうした人たちの努力でさらに安全、安心が保たれているのだろう。

江の島.jpg

  最近は夏になると、日本も亜熱帯か熱帯地域並みの気象になる。まさに常夏のハワイと変わらない。白い砂浜に青い海ではないけど、浜辺で寝ころび、くつろぐ分にはさほど変わらない。また、ハワイの高級ホテルのビーチサイドと違った日本独特の海水浴場の雰囲気でくつろくのも格別である。

  ただ海岸を見渡して、夏休みというのに子供たちの姿が少ないことが気になる。つまり、家族連れが少ないということだ。昔は夏になると決まって海に行っていたもので、この湘南海岸もかつては凄い人出で、よくイモころがし状態と言われていたのを記憶している。最近の家族の多くは豊島園やサマーランドなどの大型プールで遊んでいるらしい。その理由は水の事故のリスクが低く安心なこと、色々な設備が完備されていて便利なこと、それから波がないことなどがあげられるそうだ。安全を気にするのは当然であるが、波を嫌うのはやや大げさだ。中には海の波は嫌だけれどプールの波は良いという人も少なくないらしい。まさに温室育ちの発想だ。

  だから、最近の子供たちは自然と接する機会を殆ど失っている。今の日本の子供にいちばん欠けているのは自然を観る目、思考だと思う。自然は、そのスケールの大きさや素晴らしさ、また逆に恐ろしさや危険などを教えてくれる。そうしたバランス感覚が人の心や身体の育成に大切だ。まず、大人である親がそうした考えを持たなければはじまらない。一歩、2歩踏み出してもらいたい。浜辺に若者のはしゃぐ声だけでなく、子供たちが楽しむ声がもっとほしい。 

  さて、この湘南海岸、もっと活気、元気があっていい。今の日本人は、こんなにすばらしい自然に恵まれているのに、それに気づいていない人が多い。この湘南海岸は絶対最高のリゾートビーチだ。

  特に江の島駅から海岸まで確実に活況を得られるリゾートゾーンと思われるが、実際は「ちょっと冴えない」としか言いようがない。古い商店と新しいコンビニ、それから周囲に溶け込んでいないマンションの乱立が、リゾートと逆の雰囲気を作り出している感じもある。もっと、観光客や住民がこの街を刺激して、あのミッテランの観光評価で三ツ星にあげられた「高尾山」のように世界に誇れる「湘南海岸」として磨き上げてもらいたい。

その観光資質は十分ある。


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