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携帯にカネを使い過ぎ。IT社会はひずんでいる。 [社会・生活]

  みんな携帯にいくらお金を投資しているのだろうか。電車の中を見渡すとみんな携帯に取り付かれている。最近は通信費の高いスマートフォンの利用者の方が目立つ。彼らを観ていると、ゲームやインターネット、そしてメール等を休むことなく続けている。おそらく、使い放題のコースで契約している為、使わないと損ぐらいに考えているのではないか。

  けれど、いくら定額料金で決まっていても、有料サイトやダウンロードすればさらに加算され、知らずのうちに、とんでもない費用になりそうだ。

  インターネットにしても、メールにしても、本当に必要なコミュニケーションなのか。なければ不便だけど、我々の日々の生命活動に支障をきたすものでもない。通信は空気と同じ目に見えるものでなく、人が一生懸命働いて作る実体のあるものではない。そんな通信社会の経済は、実体とかけ離れた金融(マネー)経済と共通している点も多い。

  まず、健全な経済活動は、お金がみんなのところに広く回ることである。そうした事が景気循環や雇用の創出にもつながる。しかし、いま人たちは、携帯通信費の多額の支払う為、物品の購入、映画や食事、あるいはスポーツや旅行に使うお金を削らざるを得ない状況になっている。つまり、通信会社やその関連のIT企業にお金が集中し、一般の個人商店や個人企業などにはお金が流れにくい構造になっているのではないか。これは不動産バブルや金融の投資などの時に起きた経済の流れと似ており、マクロ的には経済が循環しているように観えるが、ミクロ的には病的状況だ。

  ひとつの事例として、最近、外食しても客が少ないことが気になる。特に若い人達の姿があまり見当たらない。この1~2年の間、私の知るところでも数件店じまいがあった。これと携帯の因果関係を結びつけるのは強引すぎると言われるかもしれないが、私にはどうも無縁に考えられないのである。

  携帯はますます、高性能化、多機能化して便利になり、また無くてはならない必需品だ。ただ、それにのめり込まれ、中毒症にかかる人も少なくない。サラリーマンや主婦の多くも軽い中毒はあると思う。携帯との上手い付き合い方もこれからの社会の課題であろう。

  いまから数十年前、インターネットや携帯電話が一般化される高度情報化社会(インテリジェント社会)とはどんな社会なのかとワクワクした記憶がある。それが現実になった今思うことは、情報が溢れ過ぎて、人々が情報にかき回され、また、人々の思考や心さえも無機質的な方向に進んでいることだ。良い面もあるが、何となく窮屈な世の中になってしまったような気がする。

  一日中、スマートフォンの小さな画面ばかり見ていてはいけない。地面に咲く小さな野の花や大空に浮かぶ雲、街並みをつくる建築物や風景、鳥や虫の鳴き声など、大きな視野で、そして五感をいっぱい使って自然を感じれること、また、人とも電話やメールばかりでなく、目の前で表情を観ながらのコミュニケーションが何よりも大事と思う。

  IT技術が進歩するにつれ、我々はコンピューターの仮想社会に入り込んでいく。自分を、いかに自然のある社会、環境に引き戻すか、とにかく頭脳化社会に埋没するのではなく、自然の中で体を使い、自分の存在位置を感じれることが、本当に大切になってくるとつくづく考える。


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