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多摩ニュータウン、老朽化団地の再生が始まった。 [環境・自然]

  多摩ニュータウンの一角が解体され始めている。当時はこうした建物はマンションとは言わず、団地と呼んでいた。この頃から、室の間取りが2LDKや3LDKで表記され始じめたと思う。 ウィキペディアによると、多摩ニュータウンは、計画面積2892haで、計画人口342,200人、1970年代初頭から開発が始まった、日本最大の住宅開発という。

  1970年といえば約40年、相当な老朽建築物だ。当時の話では、古くさい日本の住宅と違い、西欧風のモダンな生活様式の建物として、若い世代の憧れになっていたらしい。しかし、この40年で人々のライフスタイルや設備機器、それを取り巻く環境は大きく変化したので、この建物に合わせて生活するのは、結構苦しかったのではなかろうか。 現在のマンションは5階建でも必ずエレベータが備えられているが、私の知っている同じ階数の古い団地では歩いて上るしか方法がない。お年寄りには過酷な建物である。

  今は各部屋にテレビや電話、インターネットの差込口があるのが普通であるが、昔は茶の間(リビング)に一箇所。そのほかコンセントも少なかったので、ブレーカーのサイズも小さく、特に設備関連に伴う常識は天と地ほどの違いがある。

  今度、解体された後には14階建ての高層マンションが新築されるらしい。古い建物から一転して、最新の生活様式になる。便利になるが、きっとお金のかかる生活になるだろう。メリット、デメリットは必ず出てくる。

   しかし、このような最新式の建物でも、また40年過ぎれば陳腐化し、同じ事が繰り返されることは必然だ。まあ、建物にも生物と同じような新陳代謝が存在するだろう。ただ、戸建住宅のように簡単にリフォームできるし造りだと助かる。 折角、構造的に頑丈で長持ちしそうな建物でも、時代の変化に適応できないものであっては、あまりにも無駄が多すぎる。ライフスタイルにフレキシブルに対応できる建築が望まれる。それが現在の建築における課題だと思う。

  さらに注文をつけるならば、環境に調和の取れた美しい建物であってほしい。長い年月その場所の風景の一角を占めるのだから、人々に心地よいデザインが望まれる。 なぜ、日本の建物のデザインがバラバラで統一感が無いのか、それは、建物の価値を決める尺度が投資性や経済性にウエイトが置かれすぎているからだ。環境や風土、伝統や歴史、そして美学など、金銭で計りえないが、我々の生きる中で、金銭以外の大切な価値観をもっと前面に出した建築をつくるべきである。

  それを実行できるのが、建築家(計画・設計者)の仕事と思うが、今日の日本では発注者の経済志向が強力すぎて、その意向で計画、設計させられているのがほとんどである。その結果、非経済的な価値観が反映しにくい仕組みになっているようだ。

  したがって、不動産価値の評価尺度を変えなければ、経済優先主義の脱却は難しい。 ただひとつ、市場価値の中で人々がそういう価値観に気づき、強いニーズとして市場に求めれば、デザインも大きく変わる可能性はある。それには消費者の感性がもう少し向上しなければならない。庶民が、もっともっと美的感覚を養わなければ、なかなか変わることはできないだろう。


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